第15代 応神天皇 在位270〜310 (記紀年代) <推定4紀後〜5紀前> |
別名を誉田別尊(ほんだわけのみこと)という。九州で生まれた尊は瀬戸内海を東に進み、大和入りを阻む豪族を制圧して大和に入り、即位して王権を打ち立てたとする。 この話は、初代・神武天皇の伝説と酷似しており、実際に大和入りを果たしたのがこの天皇であるという(騎馬民族説) ◆陵墓は羽曳野市誉田の恵我藻伏岡陵/宇佐市の宇佐神宮・京都のの石清水八幡宮ほか、全国の神社で祀られている。 明治の軍国主義体制では軍神として崇められ、全国の神社にこの天皇が祀られていった。 ◆在世の出来事 この天皇の治世、数々の渡来人の来日が記される。秦氏、漢(あや)氏は養蚕・機織りの技術をもたらし、阿知岐(あちき)氏、王仁(わに)氏は儒教や経典、漢字をもたらしたと伝えられる。 江戸時代に発掘された応神天皇陵からは金メッキされた日本最古の馬具が出土した。 それまでの日本に騎馬の習慣がなかったことから、天皇が大陸から渡来して日本を征服した北方騎馬民俗説はここから生まれた。 |
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